輸送測定の実験結果から、グラフェンは室温条件下で著しく高い電子移動度を持つことが分っている。その値は、15000cm2V-1s-1を超えると報告されている。加えて、実測されたコンダクタンスの対称性から、正孔と電子の移動度がほとんど等しいことが示唆されている[53]。移動度は、10~100Kの範囲で温度依存性がない[57] [58] [59]。これは、支配的な散乱のメカニズムが欠陥による散乱であることを示唆している。グラフェンの音響フォノンによる散乱によって、室温条件下での移動度の最高値は、200000cm2V-1s-1(キャリア密度1012cm-2)に律速される[59] [60]。これに対応するグラフェンシートの抵抗値は、10-6Ω・cm となる。この抵抗値は、室温で最も低抵抗な材料として知られる銀の抵抗値よりもさらに低い[59]。しかしながら、SiO2基板上のグラフェンにおいては、基板の光学フォノンによる電子散乱のほうが、グラフェン自体のフォノンよりも室温下でより大きな影響を及ぼす。これにより、移動度は40000cm2V-1s-1に律速される[59]

ディラック・ポイント近傍ではキャリア密度がゼロになるにも関わらず、グラフェンの導電性は 4e2/h のオーダーで最小となる。このように導電性が最小化する理由は、よく分っていない。しかしながら、グラフェンのリップルあるいはSiO2基板上のイオン化した不純物によって、局所的なキャリア溜りができている可能性がある[53]。いくつかの理論は、導電率の最小値が 4e2/πh となることを示唆しているが、ほとんどの測定値は 4e2/h のオーダーかそれより大きい値であり、不純物濃度への依存性がある[61]

最近の実験では、グラフェンのキャリア移動度に対する化学的ドーパントの影響が検証されている[61] [62]。Schedin らは、様々なガス種(ドナーおよびアクセプター)をグラフェンにドープした後、真空中で緩やかに加熱することによって、グラフェンをドープ前の初期状態に戻せることを明らかにした。Schedin らの報告によると、化学的ドーパント濃度が 1012cm-2 を超えてもキャリアに目立った変化は見られなかった [62]。Chen らは、超高真空・低温でグラフェンにカリウムをドープした。その結果、カリウムイオンはグラフェンの荷電不純物として予想されたとおりの挙動を示し[63]、移動度を20分の1まで低下させることが分った[61] 。グラフェンを加熱してカリウムを除去すると、低下した移動度は元に戻る。

グラフェンの2次元的な特性によって、グラフェンにおける分数電荷(低次元系における擬粒子の見かけの電荷が単量子よりも小さくなる状態[64])が生じると考えられる。従って、グラフェンはエニオン回路を用いた量子コンピュータの構築に適した材料であると考えられる[65] [66]